%e7%b2%be%e7%a5%9e%e3%81%a8%e6%99%82%e3%81%ae%e9%83%a8%e5%b1%8b:VOLUME:14 「今日はどんな良いことがあった?」親からもらった子育ての呪文
2019.12.26
結婚し子供を育てるまでは、正直なところ「親に感謝する」という気持ちを持ったことがほとんどなかった。
両親、兄弟とも仲が良かったし大好きな存在ではあったけれど、育ててもらったこと自体を「感謝する」という気持ちは表面上なんとなく口にすることはあっても、若い時なんて全くなかった。
「俺は自分の力でここまで成長してきたんだ」という気持ちが強かったから「自分が親にどうやって育てられたか?」なんて考えたこともあまりなかった。
でも実際に、子供が生まれ、初めて「親」になってみると、事あるごとに本当にいろんな記憶が蘇ってくる。
「子育て」が1つのキッカケになって、子供との1つ1つのやりとりが引き金になって、両親が自分を「どうやって育てたか?」ということを思い出し、そしてそれを自分がそのまま実践していることに驚いたりすることが増えた。
そこで初めて「自分という存在は自分で作ってきたものじゃなく、その大部分を両親によってカタチ作られてきた人間なんだな」ということを心底思い知り、初めて本当の意味で「感謝」の気持ちを持つようになった。
同時に、自分が育てる子供達への意識も変わった。
自分たちの育て方ひとつで、子供達の「核になる部分」が作られる。
そこには「正解」なんて呼ばれるものはないけれど、でもだからこそ、自分たちが最も大切にするものを自分たち自身がしっかりと見極めて、伝えていかなきゃと思うようになった。
自分たちが親から譲り受けた大切なものに、自分たちの大切なものをもうひとつふたつのっけて。
自分が親からもらったものの中に「これは本当に感謝しなきゃな」と思う魔法の言葉が1つある。
それが「今日はどんないいことがあった?」という言葉。
両親は2人とも公務員で、父親は小学校の教師、母親は幼稚園の先生だttaった。
だから3人兄弟揃って0歳から保育園だし、小学生になってからは学校帰りは学童保育に通い、親とゆっくり話せる時間は主に夕食の時だけだ。
だから夕食の時間は子供達が「今日はどんなことがあったか?」を親に発表する時間。夢中になって親に自分のことを聞いてもらう時間。
その時、両親は必ず僕ら兄弟たちにこんな聞き方をする。
「今日はどんないいことがあった?」
このたった一言で、その後の僕らの人生の「核の部分」が決まったような気がする。
「今日はどんな良いことがあった?」
親がいつもそう聞くから、単純バカで両親に「それは良かったね!」と褒められたいという素直なモチベーションのみで生きている当時の僕ら3兄弟は、いつもとにかく1日中「良かったこと、楽しかったこと」を探し回って生きていた。
「両親に褒められたい、笑ってもらいたい」というただ一心に。楽しい土産話を集めて回る毎日だった。
子供のモチベーションは、それほど素直で単純だ。
そして、僕らは、結局そのまま大きくなった。
今でも毎日「今日はこんな良いことがあったな」と思い返すようになった。
毎日「なんか楽しいことないかな?」と探し回るクセがついた。
だから、何か大変なことがあっても、いつもその中に楽しさや笑いを見つけられるようになった。
だからあまり、落ち込まなくなった。
それは決して、誰にとっても「正解」なんてことではないけれど、少なくとも僕や兄貴や妹にとってはものすごく大きな両親からのプレゼントだった気がする。そんな話を兄弟揃った時によくするようになった。
大切な自分の「核」になる部分のひとつは、両親のこの一言によって作られた。
でも、もし仮に両親がいつも僕らに「今日はどんな嫌なことがあった?」って聞いていたとしたら・・・
僕らはそのまま素直に、毎日「嫌だったこと」を探し回る子供になり、そのまま大人になっていたと思う。
親が放つ言葉は、子供にとってはそれほどに大きいんだと思うと、なんだかたまに恐くなる時もあるけれど、どっちにしたって正解なんてわからないんだから、自分が信じるままに、精一杯楽しむだけだ。
まぁ、それにしても、楽しいことより大変なことの方が、実際はるかに多いけれど・・・笑
世のママさんたちの苦労と頑張りに、最大級のリスペクトを贈ります。