story:Volume:17 「ただいま」
2018.11.18
衝撃的な出会いから数日後、内見のために再び例の物件の前に立つ。
明るいところで初めて目にしたその外観はまさに廃墟そのもの。
錆びて色あせた元は見慣れたブルーであったでろうトタンの外壁。割れた窓ガラスに崩れかかったシャッター。
でも・・・・
「なにこれ? 最高じゃん!」
まぁ、手直しが相当に必要なことは素人目にも明らかだったけど、この錆びたトタンの独特な色合いと風合いに一目惚れしてしまった。
この外観が例の綺麗な画像のように大家さんが改装してしまう「前」にその情報を不動産屋さんがくれたこと。これが僕にとっては大きなファインプレーだった。
後に聞いた話では、やはりこのオンボロな外観を気に入って有名なドラマが撮影現場としての申し込みを入れようとしていたタイミングだったそうだ。
その決まりかけていたタイミングで、何にも知らない僕が偶然にもタッチの差で申し込みを入れてしまったというわけだ。
まさか向こうも、こんな物件を誰かと同じタイミングで取り合うなんて、思ってもみなかったんだろうね・・・・
外装を一目見てテンションも上がり、今度は中を見てみようとワクワクしながら大きなシャッターを開けてみる。いや、こじ開けてみる。
だって、全然スムーズに開かないんだもの・・・
そして目にした光景・・・・・
「うぉ、マジか、なにこれ・・・・・・」
外観を見たときの「なにこれ」とは、まさに逆の、ある意味とんでもないインパクト。
地面・・・・・土じゃん・・・・・・
なにこの、でかい機械・・・・
ボロい・・・・ボロすぎる・・・・
蔦に覆われて少し傾いた鉄の階段を恐る恐る登り、2階の住居スペースにも足を踏み入れる。
わずかに残る生活の跡。主人を失った空間が持つ独特の雰囲気。
床はギシギシと音を立て、歩いているだけでもどこか不安な気持ちになる。(まぁ実際、工事中に床抜けたけど・・・・)
割れた窓ガラスから差し込む一筋の光、その光が照らすソファの上には1羽のハトの亡骸・・・・・なんだか神聖な雰囲気すら漂ってるけど・・・・なぜに家の中にハト・・・?
初めて見た工場の中、そして住居スペース。
お昼の明るい時間帯とはいえ、1つの照明もなく、人けもない、ただ薄暗くだだっ広い静まりかえった空間。
廃墟好きにはたまらないのかもしれない。まぁ、自分自身も廃墟は好きな方だが、今回は眺めて写真を撮りに来たわけじゃない。
ここで店・・・? ここで住む・・・・?
そんなこと可能なのか・・・・?
ぼーっと中を歩きながら、そんな言葉が頭の中をグルグルまわる。
ただ、この時、もう1つの言葉が頭に浮かんだ。
「ただいま・・・・」
あぁ、この感覚だ。
アパートでもマンションでも、お店でも。
いくつもの物件を見ていて、その中でたまに感じる感覚。
「あぁ、探していたのはここだ」って、迷わずその物件に決める時の感覚。
わかりやすくいえば「直感」。
理由や分析をすっ飛ばして、自分の中の、どこからか突然、頭の中に浮かんでくる感覚。
よりによって、このとんでもない物件のを見て、その感覚に襲われてしまった。
まずいな・・・
とんでもない物件を前に、すでにどこかワクワクし始めている自分の直感に「通常モードの自分」がビビっているのがわかる。
でも、20歳からお店や出版社をやりデザイナーをやり、時には失敗して借金作って、大変なことは山盛りあった気もするが、自分が直感的に「これやりたい!」思ったことをやり、後悔するような結果になったことは今までに一度もなかった。
大変でもそれが楽しかったし、その大変さを乗り越えることで成長できたようにも思う。学生時代のキツかった部活動と一緒で、終わってみれば全てが良い思い出で、本気でやってたからこその笑える失敗談は今では最高の酒の肴だ。
「さすがにこれは無理でしょ・・・・」「いやいや、いけるでしょ・・・」
通常モードの自分と直感的な自分が頭の中で「自分会議」を開始する。
でも、この自分会議の結果はいつだって決まってるんだ。
直感だけは絶対に嘘をつかない。
決めのセリフはいつだってこれだ。
そして、一度決めてしまえば、そこから全てのことが自然と自動的に動き出すんだから。
「通常モードの自分」的には不安材料リストが余裕で100を超えそうな勢いではあったけど、まずは直感を信じて、不動産屋さんに申し込みをし大家さんとの交渉に入ることにした。