BLOG : story

story:Volume:28 「ドンクライオサエル?」

2019.1.23

 

図面を渡した数日後、土の地面には鉄の網が敷き詰められ、所々に鉄筋が埋められていた。そして、図面通りの位置に配管も。

コンクリートが流し込まれ、見えなくなる部分ではあるけれど、自分の図面が実際の「カタチ」となったのを目にする初めての機会だった。

この上にカウンターが作られ、キッチンが作られ・・・想像してはみるものの、まだこの時点ではハッキリと頭の中でイメージはできなかったけど、なんだか少し嬉しかった。

 

しばらくするとクレーン車とミキサー車が数台、ものすごい音を立てながら店の前に止まる。

いよいよコンクリートを流し込む作業が始まるんだ。

 

 

 

それにしても・・・改めて見渡すと、とんでもない広さだ。

そばにいる僕のことなんか気にも留めず、忙しく動き回る職人さんたち。ドでかいミキサー車やクレーン車が放つ轟音と迫力、そしてその中に独りポツンと立ち尽くし、何をやっているかさえ分かっていない自分・・・

自分で勝手に始めておいて言うのもなんだが、正直、あまりにも目の前で起きていることの規模がでかすぎて、なんだかとてつもない不安感に襲われる。

 

とんでもないこと始めちまったんだな・・・

 

なんだか胃がキュンっと痛んで、心臓がドキドキしてるのが分かった。

 

そんな時だ。

目の前に腰掛けていた3人の「ザ・職人さん」のうちの一人のおっちゃんが僕に向かって話しかけてきた。

 

オイッ、にいちゃん!

 

(ビクッ!)

は、はい・・・?

 

これよ、どんくらいおさえんだ?

 

え・・・・?

ドンクライオサエル・・・・?

(Don’t Cry My Love…..長渕の歌?)

・・・といいますと?

 

だからよ、床はどんくらいおさえんだって聞いてんの!

 

(コエ〜ッ)

あぁ、床っすね。

え〜っと・・・オサエルってなんすかね?

 

なんだよ〜、オマエそんなことも知らね〜のかよ。

 

・・・・すんません。

すんませんけど、全然わかんないんで、ちょっと試しに「おさえて」もらってもいっすかね?

 

しょうがねぇ〜なぁ〜、おめ〜よ〜。

 

・・・すんません!

 

めんどくさそうな顔をしつつも、なんだかんだで「おさえ」を実演してくれる優しい強面の職人さん。

「おさえる」と言う単語の意味が全くわからないが、どうやら流し込んだコンクリートをどれくらいコテで「おさえて」ツルツルに仕上げるか?ということらしい・・・

左官の作業で漆喰の壁なんかを塗る時に、壁に塗りつけた漆喰をコテでおさえるように擦れば擦るほどツルツルの仕上がりになるのと同じようなことだ。多分・・・

強面の職人さんが30センチ四方の板にコンクリを塗りつけておさえ具合を何段階かに分けて実演して見せてくれる。

 

ザッザッとやればこれくらいでよ、もっとおさえるとこんな感じな・・・

 

ふむふむ・・・・

 

う〜ん・・・

 

・・・・・・

 

っていうかさ・・・おっちゃんに聞かれるまでコンクリの床の「仕上げ」についてなんて、一度も考えたことがなかったっす。それ以前に、そんなものが「存在してる」ことすら考えたことなかったっす。 

コンクリの床なんて、どれも同じものだとてっきり・・・

なんてことを口に出して言える雰囲気ではなかったので、しばし沈黙。

ここでもいきなり「決断」を迫られるとは・・・

しかもこの場で・・・

 

・・・・どうすんだ?

 

そっすね・・・・なんかちょっと古臭い感じがいいんですよね。

 

・・・・・・?

 

あら? 全然言葉が通じてない?

 

おっちゃんもまぁまぁ怖いので、さっさと決めて任せてしまいたかったけど、ここで自分の悪い癖(?)がムクムクと。

おっちゃんが実演して見せてくれた3段階の「おさえ」。でも、個人的には2と3の間の「2.5」くらいがいいんだよな・・・

 

ちょっとコテ貸してもらっていいっすか?

おっちゃんからコテを借り、「2」のサンプルに自分なりの「0.5」を加えてみる。

 

・・・・こんな感じっすかね。

 

ほんとか〜? オマエこんなんでいいのか〜?

 

いや、これイイ感じじゃないっすか?

なんか古臭くて・・・・

 

・・・ま、オマエがいいならいいんだけどよ。

よし、分かったこれで仕上げとくな!

 

はい! おねがいしま〜す・・・・

 

 

僕の返事と同時に早速作業にとりかかるおっちゃんたち。

 

なんだか、おっちゃんの言ってた「こんなんで」が微妙に気にはなるが・・・・ま、大丈夫っしょ。

 

 

塗りたての床。記念に手形でも残しときゃよかった・・・

 

 

朝から不安に包まれたり突然おっちゃんに問い詰められたりでなんだかどっと疲れたし、ここにいてもこれ以上やることもなさそうなので、その日は家に帰ることにした。

 

コンクリートが固まるまでに数日。

 

大工作業が始まる前から、まさかこんなにも大変なことが山盛りとは・・・

身体動かす作業なんてなんもなかったのに、妙に疲れて、ひと山越えたような気分だ。

 

数日後。

仕上がった床を確認しに廃墟へ向かう。いや、もう「廃墟」じゃない立派な「物件」だ。

 

恐る恐る中を覗く。

 

おぉ・・・・・

 

 

 

 

見渡す限り・・・はちとオーバーだが、そう言いたくなるほどの広々した銀世界。

 

すげ〜!

 

・・・・すげ〜・・・けど・・・

 

ちょ、ちょっと荒すぎた・・・かな?

 

おっちゃんの言っていた「こんなんでいいのか?」というセリフとその時の表情が頭の中で蘇る。

 

30センチ四方の板の上で描いた僕の好みの「2.5」は、とてつもない広さにしてみるとそれはそれはとてつもなく「荒い仕上げ」になってしまったのだった。

そのおかげで、今でも床には汚れが残りやすく、スタッフのみんながしょっちゅう床の汚れをゴシゴシとブラシで擦らないといけない「めんどくさい床」が仕上がった記念すべき日になった。

みんな、ごめんね・・・・

そしてみなさん、コンクリートの床はなるべく「ツルツル」の方が良いよ・・・お掃除が楽だから・・・

 

そんなちょっとした「やっちまった感」はあったけれど、それでも仕上がったコンクリートの床を見ているとそれを超える圧倒的なワクワク感が胸にこみ上げてきた。

まだ何ひとつ「上もの」は出来上がっていないけれど、どんよりと暗かった室内はコンクリートの床によってものすごく明るく感じられた。

 

いいんです! 

「こんなん」でも!

 

冷たいコンクリートの床にひとり寝そべって天井を眺めてみる。

ふぅ〜っと息を吐き、目を瞑ると、本当に色々なことが頭の中に浮かんでは消えた。

終わったような、始まったような、不思議な気分だった。

この時点でも「本当の完成図」は頭の中に描けていなかった。

イメージしきれない部分はまだまだ山ほどあった。

でも、こんな感じで、ケツを叩かれるように毎日が怒涛のように過ぎていくんだろうな・・・

 

 

契約を交わしてから約1ヶ月。

ようやく全ての下準備を終えた。

そして、年が明け、2012年が始まろうとしていた。

SHARE ARTICLE Facebook Twitter
TOP